2008年11月14日金曜日

六十一

 しまいに健三は細君に向った。
「一体どういうんだろう、今の島田の実際の境遇っていうのは。姉に訊《き》いても比田に訊いても、本当の所が能《よ》く分らないが」
 細君は気のなさそうに夫の顔を見上げた。彼女は産に間もない大きな腹を苦しそうに抱えて、朱塗《しゅぬり》の船底枕《ふなぞこまくら》の上に乱れた頭を載せていた。
「そんなに気になさるなら、御自分で直《じか》に調べて御覧になるが好《い》いじゃありませんか。そうすればすぐ分るでしょう。御姉《おあね》えさんだって、今あの人と交際《つきあ》っていらっしゃらないんだから、そんな確《たしか》な事の知れているはずがないと思いますわ」
「己《おれ》にはそんな暇なんかないよ」
「それじゃ放って御置きになればそれまででしょう」
 細君の返事には、男らしくもないという意味で、健三を非難する調子があった。腹で思っている事でもそうむやみに口へ出していわない性質《たち》に出来上った彼女は、自分の生家《さと》と夫との面白くない間柄についてさえ、余り言葉に現わしてつべこべ弁じ立てなかった。自分と関係のない島田の事などはまるで知らないふりをして澄ましている日も少なくなかった。彼女の持った心の鏡に映る神経質な夫の影は、いつも度胸のない偏窟《へんくつ》な男であった。
「放って置け?」
 健三は反問した。細君は答えなかった。
「今までだって放って置いてるじゃないか」
 細君はなお答えなかった。健三はぷいと立って書斎へ入った。
 島田の事に限らず二人の間にはこういう光景が能く繰り返された。その代り前後の関係で反対の場合も時には起った。――
「御縫さんが脊髄病《せきずいびょう》なんだそうだ」
「脊髄病じゃ六《む》ずかしいでしょう」
「とても助かる見込はないんだとさ。それで島田が心配しているんだ。あの人が死ぬと柴野《しばの》と御藤《おふじ》さんとの縁が切れてしまうから、今まで毎月送ってくれた例の金が来なくなるかも知れないってね」
「可哀想《かわいそう》ね今から脊髄病なんぞに罹《かか》っちゃ。まだ若いんでしょう」
「己《おれ》より一つ上だって話したじゃないか」
「子供はあるの」
「何でも沢山あるような様子だ。幾人《いくたり》だか能く訊《き》いて見ないが」
 細君は成人しない多くの子供を後へ遺して死にに行く、まだ四十に充《み》たない夫人の心持を想像に描いた。間近に逼《せま》ったわが産の結果も新たに気遣われ始めた。重そうな腹を眼の前に見ながら、それほど心配もしてくれない男の気分が、情《なさけ》なくもありまた羨《うらや》ましくもあった。夫はまるで気が付かなかった。
「島田がそんな心配をするのも必竟《ひっきょう》は平生《へいぜい》が悪いからなんだろうよ。何でも嫌われているらしいんだ。島田にいわせると、その柴野という男が酒食《さけくら》いで喧嘩早《けんかっぱや》くって、それで何時まで経っても出世が出来なくって、仕方がないんだそうだけれども、どうもそればかりじゃないらしい。やっぱり島田の方が愛想《あいそ》を尽かされているに違ないんだ」
「愛想を尽かされなくったって、そんなに子供が沢山あっちゃどうする事も出来ないでしょう」
「そうさ。軍人だから大方己と同じように貧乏しているんだろうよ」
「一体あの人はどうしてその御藤さんて人と――」
 細君は少し躊躇《ちゅうちょ》した。健三には意味が解らなかった。細君はいい直した。
「どうしてその御藤さんて人と懇意になったんでしょう」
 御藤さんがまだ若い未亡人《びぼうじん》であった頃、何かの用で扱所《あつかいじょ》へ出なければならない事の起った時、島田はそういう場所へ出つけない女一人を、気の毒に思って、色々親切に世話をして遣《や》ったのが、二人の間に関係の付く始まりだと、健三は小さい時分に誰かから聴いて知っていた。しかし恋愛という意味をどう島田に応用して好いか、今の彼には解らなかった。
「慾《よく》も手伝ったに違ないね」
 細君は何ともいわなかった。

六十二

 不治《ふじ》の病気に悩まされているという御縫さんについての報知《たより》が健三の心を和《やわら》げた。何年ぶりにも顔を合せた事のない彼とその人とは、度々会わなければならなかった昔でさえ、殆《ほと》んど親しく口を利いた例《ためし》がなかった。席に着くときも座を立つときも、大抵は黙礼を取り換わせるだけで済ましていた。もし交際という文字をこんな間柄にも使い得るならば、二人の交際は極めて淡くそうして軽いものであった。強烈な好《い》い印象のない代りに、少しも不快の記憶に濁されていないその人の面影《おもかげ》は、島田や御常のそれよりも、今の彼に取って遥かに尊《たっと》かった。人類に対する慈愛の心を、硬くなりかけた彼から唆《そそ》り得る点において。また漠然として散漫な人類を、比較的|判明《はっきり》した一人の代表者に縮めてくれる点において。――彼は死のうとしているその人の姿を、同情の眼を開いて遠くに眺めた。
 それと共に彼の胸には一種の利害心が働いた。何時起るかも知れない御縫さんの死は、狡猾《こうかつ》な島田にまた彼を強請《せび》る口実を与えるに違なかった。明らかにそれを予想した彼は、出来る限りそれを避けたいと思った。しかし彼はこの場合どうして避けるかの策略を講ずる男ではなかった。
「衝突して破裂するまで行くより外に仕方がない」
 彼はこう観念した。彼は手を拱《こまぬ》いで島田の来るのを待ち受けた。その島田の来る前に突然彼の敵《かたき》の御常が訪ねて来《き》ようとは、彼も思い掛けなかった。
 細君は何時もの通り書斎に坐《すわ》っている彼の前に出て、「あの波多野《はたの》って御婆《おばあ》さんがとうとう遣《や》って来ましたよ」といった。彼は驚ろくよりもむしろ迷惑そうな顔をした。細君にはその態度が愚図々々している臆病《おくびょう》もののように見えた。
「御会いになりますか」
 それは、会うなら会う、断るなら断る、早くどっちかに極《き》めたら好かろうという言葉の遣《つか》い方であった。
「会うから上げろ」
 彼は島田の来た時と同じ挨拶《あいさつ》をした。細君は重苦しそうに身を起して奥へ立った。
 座敷へ出た時、彼は粗末な衣服を身に纏《まと》って、丸まっちく坐っている一人の婆さんを見た。彼の心で想像していた御常とは全く変っているその質朴な風采《ふうさい》が、島田よりも遥かに強く彼を驚ろかした。
 彼女の態度も島田に比べるとむしろ反対であった。彼女はまるで身分の懸隔でもある人の前へ出たような様子で、鄭寧《ていねい》に頭を下げた。言葉遣も慇懃《いんぎん》を極《きわ》めたものであった。
 健三は小供の時分|能《よ》く聞かされた彼女の生家《さと》の話を思い出した。田舎《いなか》にあったその住居《すまい》も庭園も、彼女の叙述によると、善を尽し美を尽した立派なものであった。床《ゆか》の下を水が縦横に流れているという特色が、彼女の何時でも繰り返す重要な点であった。南天《なんてん》の柱――そういう言葉もまだ健三の耳に残っていた。しかし小さい健三はその宏大《こうだい》な屋敷がどこの田舎にあるのかまるで知らなかった。それから一度も其所《そこ》へ連れて行かれた覚がなかった。彼女自身も、健三の知っている限り、一度も自分の生れたその大きな家へ帰った事がなかった。彼女の性格を朧気《おぼろげ》ながら見抜くように、彼の批評眼がだんだん肥《こ》えて来た時、彼はそれもまた彼女の空想から出る例の法螺《ほら》ではないかと考え出した。
 健三は自分を出来るだけ富有に、上品に、そして善良に、見せたがったその女と、今彼の前に畏《かしこ》まって坐っている白髪頭《しらがあたま》の御婆さんとを比較して、時間の齎《もたら》した対照に不思議そうな眼を注いだ。
 御常は昔から肥《ふと》り肉《じし》の女であった。今見る御常も依然として肥っていた。どっちかというと、昔よりも今の方がかえって肥っていはしまいかと疑《うたがわ》れる位であった。それにもかかわらず、彼女は全く変化していた。どこから見ても田舎育ちの御婆さんであった。多少誇張していえば、籠《かご》に入れた麦焦《むぎこが》しを背中へ脊負《しょ》って近在から出て来る御婆さんであった。

六十三

「ああ変った」
 顔を見合せた刹那《せつな》に双方は同じ事を一度に感じ合った。けれどもわざわざ訪ねて来た御常の方には、この変化に対する予期と準備が充分にあった。ところが健三にはそれが殆《ほと》んど欠けていた。従って不意に打たれたものは客よりもむしろ主人であった。それでも健三は大して驚ろいた様子を見せなかった。彼の性質が彼にそうしろと命令する外に、彼は御常の技巧から溢《あふ》れ出る戯曲的動作を恐れた。今更この女の遣《や》る芝居を事新らしく観《み》せられるのは、彼に取って堪えがたい苦痛であった。なるべくなら彼は先方の弱点を未然に防ぎたかった。それは彼女のためでもあり、また自分のためでもあった。
 彼は彼女から今までの経歴をあらまし聞き取った。その間には人世《じんせい》と切り離す事の出来ない多少の不幸が相応に纏綿《てんめん》しているらしく見えた。
 島田と別れてから二度目に嫁《かた》づいた波多野と彼女との間にも子が生れなかったので、二人は或所から養女を貰《もら》って、それを育てる事にした。波多野が死んで何年目にか、あるいはまだ生きている時分にか、それは御常もいわなかったが、その貰い娘に養子が来たのである。
 養子の商売は酒屋であった。店は東京のうちでも随分繁華な所にあった。どの位な程度の活計《くらし》をしていたものか能《よ》く分らないが、困ったとか、窮したとかいう弱い言葉は御常の口を洩《も》れなかった。
 その内養子が戦争に出て死んだので、女だけでは店が持ち切れなくなった。親子はやむをえずそれを畳んで、郊外近くに住んでいる或|身縁《みより》を頼りに、ずっと辺鄙《へんぴ》な所へ引越した。其所《そこ》で娘に二度目の夫が出来るまでは、死んだ養子の遺族へ毎年《まいねん》下がる扶助料だけで活計《くらし》を立てて行った。……
 御常の物語りは健三の予期に反してむしろ平静であった。誇張した身ぶりだの、仰山な言葉遣だの、当込《あてこみ》の台詞《せりふ》だのは、それほど多く出て来なかった。それにもかかわらず彼は自分とこの御婆《おばあ》さんの間に、少しの気脈も通じていない事に気が付いた。
「ああそうですか、それはどうも」
 健三の挨拶《あいさつ》は簡単であった。普通の受答えとしても短過ぎるこの一句を彼女に与えたぎりで、彼は別段物足りなさを感じ得なかった。
「昔の因果が今でもやっぱり崇《たた》っているんだ」
 こう思った彼はさすがに好《い》い心持がしなかった。どっちかというと泣きたがらない質《たち》に生れながら、時々は何故《なぜ》本当に泣ける人や、泣ける場合が、自分の前に出て来てくれないのかと考えるのが彼の持前であった。
「己《おれ》の眼は何時でも涙が湧《わ》いて出るように出来ているのに」
 彼は丸まっちくなって座蒲団《ざぶとん》の上に坐《すわ》っている御婆さんの姿を熟視した。そうして自分の眼に涙を宿す事を許さない彼女の性格を悲しく観じた。
 彼は紙入の中にあった五円紙幣を出して彼女の前に置いた。
「失礼ですが、車へでも乗って御帰り下さい」
 彼女はそういう意味で訪問したのではないといって一応辞退した上、健三からの贈りものを受け納めた。気の毒な事に、その贈り物の中には、疎《うと》い同情が入っているだけで、露《あら》わな真心は籠《こも》っていなかった。彼女はそれを能く承知しているように見えた。そうして何時の間にか離れ離れになった人間の心と心は、今更取り返しの付かないものだから、諦《あき》らめるより外に仕方がないという風にふるまった。彼は玄関に立って、御常の帰って行く後姿を見送った。
「もしあの憐《あわれ》な御婆さんが善人であったなら、私《わたし》は泣く事が出来たろう。泣けないまでも、相手の心をもっと満足させる事が出来たろう。零落した昔しの養い親を引き取って死水《しにみず》を取って遣る事も出来たろう」
 黙ってこう考えた健三の腹の中は誰も知る者がなかった。

六十四

「とうとう遣《や》って来たのね、御婆《おばあ》さんも。今までは御爺《おじい》さんだけだったのが、御爺さんと御婆さんと二人になったのね。これからは二人《ふたあり》に崇《たた》られるんですよ、貴夫《あなた》は」
 細君の言葉は珍らしく乾燥《はしゃ》いでいた。笑談《じょうだん》とも付かず、冷評《ひやかし》とも付かないその態度が、感想に沈んだ健三の気分を不快に刺戟《しげき》した。彼は何とも答えなかった。
「またあの事をいったでしょう」
 細君は同じ調子で健三に訊《き》いた。
「あの事た何だい」
「貴夫が小さいうち寐小便《ねしょうべん》をして、あの御婆さんを困らしたって事よ」
 健三は苦笑さえしなかった。
 けれども彼の腹の中には、御常が何故《なぜ》それをいわなかったかの疑問が既に横《よこた》わっていた。彼女の名前を聞いた刹那《せつな》の健三は、すぐその弁口に思い到《いた》った位、御常は能《よ》く喋舌《しゃべ》る女であった。ことに自分を護《まも》る事に巧みな技倆《ぎりょう》を有《も》っていた。他《ひと》の口車に乗せられやすい、また見え透いた御世辞《おせじ》を嬉《うれ》しがりがちな健三の実父は、何時でも彼女を賞《ほ》める事を忘れなかった。
「感心な女だよ。だいち身上持《しんしょうもち》が好《い》いからな」
 島田の家庭に風波の起った時、彼女はあるだけの言葉を父の前に並べ立てた。そうしてその言葉の上にまた悲しい涙と口惜《くや》しい涙とを多量に振り掛けた。父は全く感動した。すぐ彼女の味方になってしまった。
 御世辞が上手だという点において健三の父は彼の姉をも大変|可愛《かあい》がっていた。無心に来られるたんびに、「そうそうは己《おれ》だって困るよ」とか何とかいいながら、いつか入用《いりよう》だけの金子《きんす》は手文庫から取出されていた。
「比田はあんな奴だが、御夏が可愛想《かわいそう》だから」
 姉の帰った後で、父は何時でも弁解らしい言葉を傍《はた》のものに聞こえるようにいった。
 しかしこれほど父を自由にした姉の口先は、御常に比べると遥かに下手《へた》であった。真《まこと》しやかという点において遠く及ばなかった。実際十六、七になった時の健三は、彼女と接触した自分以外のもので、果してその性格を見抜いたものが何人あるだろうかと、一時疑って見た位、彼女の口は旨《うま》かった。
 彼女に会うときの健三が、心中迷惑を感じたのは大部分この口にあった。
「御前を育てたものはこの私《わたし》だよ」
 この一句を二時間でも三時間でも布衍《ふえん》して、幼少の時分恩になった記憶をまた新らしく復習させられるのかと思うと、彼は辟易《へきえき》した。
「島田は御前の敵《かたき》だよ」
 彼女は自分の頭の中に残っているこの古い主観を、活動写真のように誇張して、また彼の前に露《さら》け出すに極《きま》っていた。彼はそれにも辟易しない訳に行かなかった。
 どっちを聴くにしても涙が交《まじ》るに違なかった。彼は装飾的に使用されるその涙を見るに堪えないような心持がした。彼女は話す時に姉のような大きな声を出す女ではなかった。けれども自分の必要と思う場合には、その言葉に厭《いや》らしい強い力を入れた。円朝《えんちょう》の人情噺《にんじょうばなし》に出て来る女が、長い火箸《ひばし》を灰の中に突き刺し突き刺し、他《ひと》に騙《だま》された恨《うらみ》を述べて、相手を困らせるのとほぼ同じ態度でまた同じ口調であった。
 彼の予期が外れた時、彼はそれを仕合せと考えるよりもむしろ不思議に思う位、御常の性格が牢《ろう》として崩すべからざる判明《はっきり》した一種の型になって、彼の頭のどこかに入っていたのである。
 細君は彼のために説明した。
「三十年|近《ぢか》くにもなる古い事じゃありませんか。向うだって今となりゃ少しは遠慮があるでしょう。それに大抵の人はもう忘れてしまいまさあね。それから人間の性質だって長い間には少しずつ変って行きますからね」
 遠慮、忘却、性質の変化、それらのものを前に並べて考えて見ても、健三には少しも合点《がてん》が行かなかった。
「そんな淡泊《あっさり》した女じゃない」
 彼は腹の中でこういわなければどうしても承知が出来なかった。v

六十五

 御常を知らない細君はかえって夫の執拗《しつおう》を笑った。
「それが貴方《あなた》の癖だから仕方がない」
 平生《へいぜい》彼女の眼に映る健三の一部分はたしかにこうなのであった。ことに彼と自分の生家《さと》との関係について、夫のこの悪い癖《へき》が著るしく出ているように彼女は思っていた。
「己《おれ》が執拗なのじゃない、あの女が執拗なのだ。あの女と交際《つきあ》った事のない御前には、己の批評の正しさ加減が解らないからそんなあべこべ[#「あべこべ」に傍点]をいうのだ」
「だって現に貴夫《あなた》の考えていた女とはまるで違った人になって貴夫の前へ出て来た以上は、貴夫の方で昔の考えを取り消すのが当然じゃありませんか」
「本当に違った人になったのなら何時でも取り消すが、そうじゃないんだ。違ったのは上部《うわべ》だけで腹の中は故《もと》の通りなんだ」
「それがどうして分るの。新らしい材料も何にもないのに」
「御前に分らないでも己にはちゃんと分ってるよ」
「随分独断的ね、貴夫も」
「批評が中《あた》ってさえいれば独断的で一向|差支《さしつかえ》ないものだ」
「しかしもし中っていなければ迷惑する人が大分《だいぶ》出て来るでしょう。あの御婆《おばあ》さんは私《わたくし》と関係のない人だから、どうでも構いませんけれども」
 健三には細君の言葉が何を意味しているのか能《よ》く解った。しかし細君はそれ以上何もいわなかった。腹の中で自分の父母兄弟を弁護している彼女は、表向《おもてむき》夫と遣《や》り合って行ける所まで行く気はなかった。彼女は理智に富んだ性質《たち》ではなかった。
「面倒臭《めんどくさ》い」
 少し込み入った議論の筋道を辿《たど》らなければならなくなると、彼女はきっとこういって当面の問題を投げた。そうして解決を付けるまで進まないために起る面倒臭さは何時までも辛抱した。しかしその辛抱は自分自身に取って決して快よいものではなかった。健三から見るとなおさら心持が悪かった。
「執拗《しつおう》だ」
「執拗だ」
 二人は両方で同じ非難の言葉を御互の上に投げかけ合った。そうして御互に腹の中にある蟠《わだか》まりを御互の素振《そぶり》から能く読んだ。しかもその非難に理由のある事もまた御互に認め合わなければならなかった。
 我慢な健三は遂に細君の生家へ行かなくなった。何故行かないとも訊《き》かず、また時々行ってくれとも頼まずにただ黙っていた細君は、依然として「面倒臭い」を心の中《うち》に繰り返すぎりで、少しもその態度を改めようとしなかった。
「これで沢山だ」
「己もこれで沢山だ」
 また同じ言葉が双方の胸のうちでしばしば繰り返された。
 それでも護謨紐《ゴムひも》のように弾力性のある二人の間柄には、時により日によって多少の伸縮《のびちぢみ》があった。非常に緊張して何時切れるか分らないほどに行き詰ったかと思うと、それがまた自然の勢で徐々《そろそろ》元へ戻って来た。そうした日和《ひより》の好《い》い精神状態が少し継続すると、細君の唇から暖かい言葉が洩《も》れた。
「これは誰の子?」
 健三の手を握って、自分の腹の上に載せた細君は、彼にこんな問を掛けたりした。その頃細君の腹はまだ今のように大きくはなかった。しかし彼女はこの時既に自分の胎内に蠢《うご》めき掛けていた生の脈搏《みゃくはく》を感じ始めたので、その微動を同情のある夫の指頭《しとう》に伝えようとしたのである。
「喧嘩《けんか》をするのはつまり両方が悪いからですね」
 彼女はこんな事もいった。それほど自分が悪いと思っていない頑固《がんこ》な健三も、微笑するより外に仕方がなかった。
「離れればいくら親しくってもそれぎりになる代りに、一所にいさえすれば、たとい敵《かたき》同志でもどうにかこうにかなるものだ。つまりそれが人間なんだろう」
 健三は立派な哲理でも考え出したように首を捻《ひね》った。

六十六

 御常や島田の事以外に、兄と姉の消息も折々健三の耳に入った。
 毎年《まいとし》時候が寒くなるときっと身体《からだ》に故障の起る兄は、秋口からまた風邪《かぜ》を引いて一週間ほど局を休んだ揚句、気分の悪いのを押して出勤した結果、幾日《いくか》経っても熱が除《と》れないで苦しんでいた。
「つい無理をするもんだから」
 無理をして月給の寿命を長くするか、養生をして免職の時期を早めるか、彼には二つの内どっちかを択《えら》ぶより外に仕方がないように見えたのである。
「どうも肋膜《ろくまく》らしいっていうんだがね」
 彼は心細い顔をした。彼は死を恐れた。肉の消滅について何人《なんびと》よりも強い畏怖《いふ》の念を抱《いだ》いていた。そうして何人よりも強い速度で、その肉塊を減らして行かなければならなかった。
 健三は細君に向っていった。――
「もう少し平気で休んでいられないものかな。責《せ》めて熱の失《な》くなるまででも好《い》いから」
「そうしたいのは山々なんでしょうけれども、やッぱりそうは出来ないんでしょう」
 健三は時々兄が死んだあとの家族を、ただ活計《くらし》の方面からのみ眺める事があった。彼はそれを残酷ながら自然の眺め方として許していた。同時にそういう観察から逃《のが》れる事の出来ない自分に対して一種の不快を感じた。彼は苦い塩を嘗《な》めた。
「死にやしまいな」
「まさか」
 細君は取り合わなかった。彼女はただ自分の大きな腹を持て余してばかりいた。生家《さと》と縁故のある産婆が、遠い所から俥《くるま》に乗って時々遣《やっ》て来た。彼はその産婆が何をしに来て、また何をして帰って行くのか全く知らなかった。
「腹でも揉《も》むのかい」
「まあそうです」
 細君ははかばかしい返事さえしなかった。
 その内兄の熱がころりと除《と》れた。
「御祈祷《ごきとう》をなすったんですって」
 迷信家の細君は加持《かじ》、祈祷、占い、神信心《かみしんじん》、大抵の事を好いていた。
「御前が勧めたんだろう」
「いいえそれが私《わたくし》なんぞの知らない妙な御祈祷なのよ。何でも髪剃《かみそり》を頭の上へ載せて遣るんですって」
 健三には髪剃の御蔭で、しこじら[#「しこじら」に傍点]した体熱が除れようとも思えなかった。
「気のせいで熱が出るんだから、気のせいでそれがまた直《すぐ》除れるんだろうよ。髪剃でなくったって、杓子《しゃくし》でも鍋蓋《なべぶた》でも同じ事さ」
「しかしいくら御医者の薬を飲んでも癒《なお》らないもんだから、試しに遣って見たらどうだろうって勧められて、とうとう遣る気になったんですって、どうせ高い御祈祷代を払ったんじゃないんでしょう」
 健三は腹の中で兄を馬鹿だと思った。また熱の除れるまで薬を飲む事の出来ない彼の内状を気の毒に思った。髪剃の御蔭でも何でも熱が除れさえすればまず仕合せだとも思った。
 兄が癒ると共に姉がまた喘息《ぜんそく》で悩み出した。
「またかい」
 健三は我知らずこういって、ふと女房の持病を苦にしない比田の様子を想い浮べた。
「しかし今度《こんだ》は何時もより重いんですって。ことによると六《む》ずかしいかも知れないから、健三に見舞に行くようにそういってくれって仰《おっし》ゃいました」
 兄の注意を健三に伝えた細君は、重苦しそうに自分の尻《しり》を畳の上に着けた。
「少し立っていると御腹《おなか》の具合が変になって来て仕方がないんです。手なんぞ延ばして棚に載っているものなんかとても取れやしません」
 産が逼《せま》るほど妊婦は運動すべきものだ位に考えていた健三は意外な顔をした。下腹部だの腰の周囲の感じがどんなに退儀であるかは全く彼の想像の外《ほか》にあった。彼は活動を強《し》いる勇気も自信も失なった。
「私とても御見舞には参れませんよ」
「無論御前は行かなくっても好い。己が行くから」

六十七

 その頃の健三は宅《うち》へ帰ると甚しい倦怠《けんたい》を感じた。ただ仕事をした結果とばかりは考えられないこの疲労が、一層彼を出不精にした。彼はよく昼寐《ひるね》をした。机に倚《よ》って書物を眼の前に開けている時ですら、睡魔に襲われる事がしばしばあった。愕然《がくぜん》として仮寐《うたたね》の夢から覚めた時、失われた時間を取り返さなければならないという感じが一層強く彼を刺撃《しげき》した。彼は遂に机の前を離れる事が出来なくなった。括《くく》り付けられた人のように書斎に凝《じっ》としていた。彼の良心はいくら勉強が出来なくっても、いくら愚図々々していても、そういう風に凝と坐《すわ》っていろと彼に命令するのである。
 かくして四、五日は徒《いたず》らに過ぎた。健三が漸《ようや》く津《つ》の守坂《かみざか》へ出掛けた時は六《む》ずかしいかも知れないといった姉が、もう回復期に向っていた。
「まあ結構です」
 彼は尋常の挨拶《あいさつ》をした。けれども腹の中では狐《きつね》にでも抓《つま》まれたような気がした。
「ああ、でも御蔭さまでね。――姉さんなんざあ、生きていたってどうせ他《ひと》の厄介になるばかりで何の役にも立たないんだから、好い加減な時分に死ぬと丁度好いんだけれども、やっぱり持って生れた寿命だと見えてこればかりは仕方がない」
 姉は自分のいう裏を健三から聴きたい様子であった。しかし彼は黙って烟草《タバコ》を吹かしていた。こんな些細《ささい》の点にも姉弟《きょうだい》の気風の相違は現われた。
「でも比田のいるうちは、いくら病身でも無能《やくざ》でも私《あたし》が生きていて遣《や》らないと困るからね」
 親類は亭主孝行という名で姉を評し合っていた。それは女房の心尽しなどに対して余りに無頓着《むとんじゃく》過ぎる比田を一方に置いてこの姉の態度を見ると、むしろ気の毒な位親切だったからである。
「私《あたし》ゃ本当に損な生れ付でね。良人《うち》とはまるであべこべ[#「あべこべ」に傍点]なんだから」
 姉の夫思いは全く天性に違なかった。けれども比田が時として理の徹《とお》らない我儘《わがまま》をいい募るように、彼女は訳の解らない実意立《じついだて》をしてかえって夫を厭《いや》がらせる事があった。それに彼女は縫針《ぬいはり》の道を心得ていなかった。手習《てならい》をさせても遊芸を仕込んでも何一つ覚える事の出来なかった彼女は、嫁に来てから今日《こんにち》まで、ついぞ夫の着物一枚縫った例《ためし》がなかった。それでいて彼女は人一倍勝気な女であった。子供の時分強情を張った罰として土蔵の中に押し込められた時、小用《こよう》に行きたいから是非出してくれ、もし出さなければ倉の中で用を足すが好いかといって、網戸の内外《うちそと》で母と論判をした話はいまだに健三の耳に残っていた。
 そう思うと自分とは大変懸け隔ったようでいて、その実どこか似通った所のあるこの腹違《はらちがい》の姉の前に、彼は反省を強《し》いられた。
「姉はただ露骨なだけなんだ。教育の皮を剥《む》けば己《おれ》だって大した変りはないんだ」
 平生《へいぜい》の彼は教育の力を信じ過ぎていた。今の彼はその教育の力でどうする事も出来ない野生的な自分の存在を明らかに認めた。かく事実の上において突然人間を平等に視《み》た彼は、不断から軽蔑《けいべつ》していた姉に対して多少|極《きま》りの悪い思をしなければならなかった。しかし姉は何にも気が付かなかった。
「御住《おすみ》さんはどうです。もう直《じき》生れるんだろう」
「ええ落《おっ》こちそうな腹をして苦しがっています」
「御産は苦しいもんだからね。私《あたし》も覚があるが」
 久しく不妊性と思われていた姉は、片付いて何年目かになって始めて一人の男の子を生んだ。年歯《とし》を取ってからの初産《ういざん》だったので、当人も傍《はた》のものも大分《だいぶ》心配した割に、それほどの危険もなく胎児を分娩《ぶんべん》したが、その子はすぐ死んでしまった。
「軽はずみをしないように用心おしよ。――宅でも彼子《あれ》がいると少しは依怙《たより》になるんだがね」